Listy z Polski・・ポーランド10年目。ラズベリースキー家の娘達、Liliankaは8歳、Amalkaは5歳半です。普段のできごとや見たこと聞いたことを綴っていきます。


by RyoRaspberryski
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昔の文通相手

ポーランドとは関係ない真面目な話題。

今日うちで見た映画、「Harrison’s Flowers(戦場のジャーナリスト)」。
旧ユーゴスラビアの民族紛争と取材カメラマンを描いたショッキングな映画です。

この紛争が恐ろしいものだった(下の関連資料に追加しました)ことは新聞やレポートなどで読み知ってましたが、映像で見せつけられるとその怖さが改めて実感できます。


私は中学の頃からあちこちの国の人たちと文通をしていたのですが、その中に旧ユーゴスラビアの友達も一人(♂)いたのです。
たくさんいた文通相手のなかで一番親密に文通しました。手紙は当時お互いにわりと早く届いていたので毎週のように書いていたこともあります。


紛争が悪化した頃、彼からの最後の手紙は簡単に、「今はベオグラードの友人の家にかくまらせてもらっている。住所は教えられない。」でした。

彼はイスラム系ボスニア人。紛争で多く虐殺された人たちの部類に入ります。
その上彼が住んでいたツヅラ(Tuzla)も虐殺のあった町でした。

だからこの映画を見て個人的に感情を投入したわけです。

ベオグラードでかくまっていたのなら生きている確率も高いと思い、今はネットという便利なものがあるので検索してみました。
たくさんとは言えない情報のなかで1つ彼じゃないかなと思うものが見つかりました。

それによれば彼は地元ツヅラで、女性身体障害者のリハビリと就職あっせんをするボランテイア事務所で働いているようす。
きっと彼に違いない。昔から他人思いな人だったから。
そうであることを願います。

ボスニアの悲劇

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ボスニア紛争の民族浄化について(映画「サラエボの花」公式サイトより拝借)
女性に対する性的暴力は、残念ながら戦争ではいつも起きている。しかし、この紛争では、女性への暴力行為だけでなく敵の民族の子供を産ませることで、所属民族までを辱め、構成に影響を残すことが作戦として組織的に行われた。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、三民族が混住していた。つまり生活していた場所が戦場になったのである。
死傷者は戦闘の前線や攻撃で生じるばかりではない。民族浄化のために自宅から追い立てられる際に、男性や子供は殺され、女性はその場で辱められ連衡された例も多い。各地に収容された女性は、連日多くの兵士に乱暴され、妊娠すると本人の意思に反して子供を出産させられた。民族間の和解の可能性を消し去るためである。収容所での自殺や、子供を殺した例もある。......

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The Scream of Tuzla

Bosnia and Hercegovina, war and conflict summary

Inside Bosnia

Former Yugoslavia

Summary report of war crimes in former Yugoslavia
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by Ryoraspberryski | 2007-11-13 10:29 | 学習・読書・趣味