Listy z Polski・・ポーランド10年目。ラズベリースキー家の娘達、Liliankaは8歳、Amalkaは5歳半です。普段のできごとや見たこと聞いたことを綴っていきます。


by RyoRaspberryski
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オストジッツェでのバケーションの目的は、
ただ毎日のんびり湖で遊ぶ、です。

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バケーション...
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by Ryoraspberryski | 2007-08-27 02:05
8月7日から10日間、オストジッツェという町へバケーションに行ってきました。

オストジッツェはポーランドの北部のグダンスクの町から南西に40kmほどのところ、カシュブスキー国定公園の中にあります。

ポーランドは平たい国なのであちこちに湖があります。
このカシュブスキー国定公園にも大きな湖がたくさんあるのですがそのうちの一つ、オストジツキー湖のほとりにある小さな集落がこの町オストジッツェです。

カシュブスキー国定公園はこんな感じの所↓
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by ryoraspberryski | 2007-08-24 09:56
以前にも登場した近所にある人口の丘、PW(愛称)。

戦時中の1944年に起こった「ワルシャワ蜂起」の死者を追悼するために作られた丘です。

ワルシャワ蜂起が始まったのは8月1日の午後5時。
なので毎年のこの日の午後5時にはワルシャワ中にサイレンがなり響きます。

道を歩いている人々は立ち止まり、自動車も全部ではないですが動きを止めます。

サイレンがなり響く間、黙とうする人々
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余談ですが...
ポーランドはこの「サイレンを鳴らして追悼する」のが上手で、6年前のNY同時多発テロの翌日の朝、テロが起こった同じ時間にサイレンをならし、それから長い間あちこちの家々の窓際には夜になるとロウソクの光が灯されているのが見られ...、
テロから一年後の9月11日の朝にもサイレンが鳴りました。
ヨハネパウロ2世の死去が発表された直後もサイレンがなり、同様に家々の窓際にはロウソクが灯されました。

PWの丘...
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by Ryoraspberryski | 2007-08-21 09:19

地方物産フェアー

先週の金曜日、この夏のバケーションを終えてワルシャワに戻ってきました。

夫とLiliankaの夏休みも残すはあと2週間。
この残り2週間で2ヶ月間の休みでだらけた頭を通常モードに戻すことになります。

バケーションの報告は次回に回して...、今回は物産フェアーの話です。 


先日、中心街のノヴィ・シュヴィアト通り(ul. Nowy Świat)で行われた「地方物産フェアー」に義父母が誘ってきたので行ってきました。
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物産フェアー...
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by ryoraspberryski | 2007-08-20 09:32

クリニツァ近辺

郵便局
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by ryoraspberryski | 2007-08-06 23:58
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by Ryoraspberryski | 2007-08-05 06:09
まだまだ続きます...でもミュージアムは今回で最後です。

たくさんの人が命を失った場所なので暗~いイメージですが、アウシュビッツにしろこういう小規模な(といってもとても広くて何万という人たちが収容されてました)収容所にしろ、一生に一度は見ておきたいものです。「こんな歴史は繰り返してはならないんだ」という認識を持つためにもです。

やはり実際に行ってみるのはテレビや写真で見るのとは違います。
この場所の「怖さ」というのも伝わってくるし、たくさんの命の失われた非常な重みのあるその場所に立ってみることができるからです。

前回の日記でAmalkaが座っていた「病棟」は収容所入り口から入ってずっとまっすぐに行った一番奥のブロックです。
では「病棟」ブロックからすぐ奥にはなにがあるのかというと...

「ガス室」です。
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レンガだけの造りの窓もない小さな建物(ちなみに収容ブロックはすべて木造でした)。
ここに入れられる時、囚人たちはどういう思いだったでしょう...

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by ryoraspberryski | 2007-08-04 05:22